※ 2024年のまとめを書いている中でPCの過去ファイルを整理していたら、昔のブログに投稿した記事を見つけたので放出します。
こんばんは。久々の更新です。趣味と全然関係ない話なんですが、自分の気持ちと決意を忘れないように綴っておこうと思います。
先ほど、オンラインで開催されたゼミの卒論発表会が終わりました。私も4年生として無事卒論発表を終えました。今回はその卒論執筆の過程を振り返ってみたいと思います。これから卒論を書く人の役に立つかはちょっと分からないですが、反面教師としては良いかもしれません。
筆者について
文系4年、専攻は言語学、わりと真面目なゼミに所属
2020年1月〜2月:テーマ設定
まだギリギリコロナ禍の到来する前、卒論題目の提出期限が迫っていました。日頃から卒論で書きたいネタについては書き溜めていたり、当時4年生の卒論発表を聞きながらいろいろメモしていたので、それなりに出来た学生に見えるかもしれません。
ですが、ネタを集めるばかりで自分がそれまで学んできたものをどう活かすかという観点が抜けていたり、そもそも学んできたもの自体がスカスカだったことに気付いていなかったのは問題でした。
1,2年生の頃は、大学での成績こそそこそこ良かったものの(GPAは3.7くらい)、自分が何を学んで極めていきたいのかが曖昧で、目の前の授業に必死になっていただけだったと思います。大学は学校ではなく研究機関だとよく言われますが、私にはその意識が欠けていて、ただ面白そうな授業のつまみ食いになっていたのです。
ですからいざテーマを決めるとなった時、書き溜めたネタを見るとどれも本当にこれで卒論が書けるのか、見通しがつかないものばかりだったのです。せめてネタだけでなく、その分野ですでに研究されているものを自分なりに調べてみたり、どの研究をするためにはどういう知識をつけなければいけないのか、漠然と考えてみるだけでも違ったかもしれません。いざ題目提出を迫られた時では遅いのです…
それでもゼミの先輩に相談したりして、なんとか適当な題目を決めて提出しました。見てくれだけは真面目で熱心な学生なので指導教官からの印象もよく(ちなみに指導教官はかなり癖が強くて怖いと評判)、面接でも「これなら心配ないな」と言っていただけて安心し切っていました。今思えば慢心でしかないのですが。
2020年4月〜7月:卒論演習
いよいよコロナ禍が本格化し、ゼミの卒論演習もオンラインになりました。といっても内容は例年と同じで、それぞれの卒論で書きたいことに対し先行研究をひたすら調べてまとめ、問題点や自分の研究の見通しを含めてレジュメを作成、発表していました。
このあたりのことはちょっと記憶が薄れてきてしまっているのですが、一つ言えるのは先行研究の漁り方が甘かったなということです。というのも、選んだ題目が中々壮大な背景をはらんでいるかつ複数の学問領域を横断するようなものだったので、研究を本当にやり抜くためにはここで土台をしっかり固めておく必要があったのです。ですが、そこまでの熱量を注ぐことを怠ってしまったために後で自分が困ることになったのです。
特に感じたのは自分の語学力の無さです。どの分野にも言えることかもしれませんが、日本語と英語では情報の量が圧倒的に違います。日本語では書かれていないことも英語でなら見つかるかもしれませんし、それでもなお残された課題があるならそこにアプローチして研究すれば、これほど意義深いことはないです。ですが私は言語学を学んでいる身ながらお恥ずかしいことに語学力の研鑽を怠り、先行研究を集めたり研究に必要な知識を身に付けるのには力が不十分でした。1,2年のうちに語学(特に読む力)はしっかり身に付けた方がいいです。いざ先行研究を集めようと思った時には遅いのです…
あとこれは分野にもよるかもしれませんが、説得力のある成果を提示するためには統計学やプログラミングの知識も必要だと思いました。私の研究は先行研究で残された課題の解決が主だったのですが、先行研究がゴリゴリに統計学を使うものだったにも関わらず、内容が理解できなかった私は調査方法を簡易的なものに変えざるを得ませんでした。
それでも、取り繕うのは得意だったので、それなりに関連しそうな資料を翻訳アプリにかけて読み込んだり、日本語の先行研究を出来るだけ集めたりしてちゃんとやっている気分にだけは浸っていました。
2020年8月〜10月:調査と中間発表
演習が終わると、自分の研究の見通しに沿って本格的に調査が始まります。9月末に中間発表会があってそこまでにある程度研究成果を出さなくてはいけないので、ここはかなりの踏ん張り時です。
先ほども述べたように私の研究は先行研究と基本的には同じことをすればいいので、ここら辺はほぼ作業です。ひたすら己とデータと向き合い、進めるのみでした。コツコツが苦手なタイプだったので、週末にしっかり進めることを厳守してメリハリをもって進められたのは良かったことかもしれません。
ただ、ここでも怠惰な性格ゆえデータの扱いが雑でした。本来なら吟味しなくてはいけない事項を適当にあしらっていました。集計作業では、数字を出しちゃえばみんなわざわざ同じようなことをする人はまずいないからこっちのものだ!と思いかなりガバガバに進めていたように記憶しています。研究者にあるまじき行為ですし、誠実さが無かったです。
そんなこんなで迎えた中間発表では、お叱りを受けるかと思えばまたまた「結果がちゃんと出てて偉いね」と褒められる始末。書式などの形式や参考文献など最低限の体裁をきっちり整えていたことで中身の雑さをカバーしていたと言えば聞こえがいいですが、このことが「あ、こんな感じで大丈夫なんだ」と油断に繋がり、更なる慢心を招くのです。
2020年11月:目次提出
11月の頭に一度だけ研究室に直接行きました。卒論完成までの執筆計画と目次を提出するためです。中間発表が上手く行ったことで気が緩み、かなりダラダラと進めていたのでこの時の進捗はちょっとまずかったです。それでも特に悪いフィードバックはなく、このまままとめていって、といった簡潔なものでした。
ただ、この時指導教官から「結果が示せているのは良いことだがなぜそうなったのかという理由が弱い、より詳しい教授にアドバイスを求めてみてはどうか」というアドバイスをいただきました。ちょうど前期に受けていた授業で自分の研究範囲に詳しいA教授がいたので、卒論の原稿を送付してアドバイスをいただけないか伺いました。
帰ってきた返事に脳天を撃ち抜かれたことは今でも覚えています。「あなたの知識、調査経験が不足している。研究の展望自体が不適切で導き出された結果も不適切なため、助言するに至らない。もっと早くから扱う分野について勉強しておくべきだったのでしょう。」といった内容のものでした。ここまで数ヶ月かけた研究を全否定されたようなものだったので、落ち込んだことには落ち込みました。
何より「もっと早くから勉強しておくべきだったのでしょう」というところが的を射ていたので一番辛かったです。付け焼き刃の知識での卒論など学問への冒涜と言われても仕方ないです。まず、A教授にはもっと早くから相談すべきでしたし、そうすれば圧倒的な知識不足で研究に手を出すことは無かったでしょうし(とはいえ他の題目でも知識不足は拭えなかったと思いますが)、仮に選択した後だったとしてもより適切な方法や知識のもと進められたかもしれません。
後に、指導教官やゼミの院生の先輩から「A教授の研究アプローチはうちのゼミのやり方とは違うから」「学部生はみんな勉強不足な中書いている」「でっち上げとか悪意のあるものでなければ『批判』はされても『否定』ではない」などと励ましや慰めの言葉をいただいて多少心が楽になったものですが、メールをいただいた当時はそれまで怠けていた学部3年半の全てを悔やんだものでした。卒論という大学生活の一つの集大成を見据えて、もっと「一本の道筋を学ぶ」ことに対して真剣に取り組んでいればなぁと思いました。
2020年12月:仮提出〜本提出
しょげていても仮提出までの締め切りは確実に迫ってくるので、いったん気持ちを切り替えてとにかく筆を進めます。A教授から指摘された点は反省と今後の課題として最後に記述することにしてなんとか終わらせます。「今後の課題」ってつくづく便利な言葉ですよね…
そういうわけでなんとか仮提出を終え、本提出に向けて再び指導教官の面接を受けます。GOサインが出るまでは二次三次と何度も面接をするらしいですが、私は一発OKでした。内容としては不十分で甘い点も多々あったと思うのですが、とにかく反省点を今後の課題としてしっかりまとめられたのが良かったようです。A教授に厳しいコメントをいただいたことを打ち明けると、「ちゃんと聞きに行っただけ偉い」と言われ楽になったようなまだ反省の残骸が残るような不思議な気持ちになりました。
今年はオンラインでの提出となったので、ファイルをアップロードして卒論執筆作業は終わりました。最後はあまりにもあっけなくて実感が全然湧きませんでした。
2021年1月:発表会
そして、今日の発表会です。卒論自体はもうできていたので簡単なスライドを作成するくらいでした。プレゼン自体には苦手意識はなかったので、発表自体は上手く行ったと思います。中身がひどくてもみんな案外ちゃんと聞いていないので分からないものです。発表会もオンラインだったので、終えても「お疲れ様」と言われても達成感より空しさを覚えました。まだこの後ゼミの論集に載せる原稿を提出するのが残っていますが、やることは発表会でほぼ終わりです。
結論
卒論はちゃんとやった方がいいし、ちゃんとやるには大学4年間の積み上げがとても大事。
読んでの通り早め早めのスケジューリングが徹底しているゼミだったので、4年生あるあるの「卒論がギリギリでヤバイ!」みたいなことには全くならなかった(むしろ気持ちは常にゆとりがあった)のですが、執筆計画を管理してもらえる分中身の方を自力でしっかり詰めておく必要があったなと、反省しています。ゼミに甘えていた自分がいました。
正直、内容がガバガバでも学部生の卒論は何とかなります。提出して単位をもらうという意味で私は何とかなってしまいました。中身の粗を取り繕い、少しでもよく見せるための処世術といったものも大いに学べます。でもこの大学生活4年間、学問と真剣に向き合わなかったツケは今後確実に自分に返ってくるなと思いました。
私は院に進まず一般企業に就職するので、おそらく今後の人生で学術的な論文を書く可能性はほぼありません。今からできることは、この卒論での苦い思い出を忘れることなく、仕事を誠実に取り組むことだと思っています。怠惰に過ごしてきた時間を取り返すべく、せめてこれから学ぶことくらいは土台から丁寧に固めていきたい所存です。
というわけで卒論執筆の過程と卒論と真剣に向き合わなかったことに対する懺悔でした。まとまりもオチも何にも無いものになってしまいましたが、自分の気持ちは記録できたと思うのでこの辺で終わりにしたいと思います。