Diario

日々の暮らしのあれこれ帳

出会いから1年が経って

はじめに

私がnoteを始める最初のきっかけは、一年前、推しに関する記事を書こうと思ったところからでした。

ですので、今日は改めて自分と「推し(たち)」に関する所感・内省をじっくり言語化してみたいと思います。

 

そもそも「推し」って何だ

定義は人それぞれだと思いますが、私は「この人のこと考えている時、すごく幸せな気持ちになるな」かつ「自分の幸せの定義を考えた時、この人のこと思い浮かべるな」と思った瞬間から「好きな人」が「推し」になったんじゃないかなと思っています。

ただ「好きな人」というだけだと、前者しか満たさない気がするんですよね。好きだけど、いなくても生きていける的な…

だけど、「推し」はその存在が自分の「幸せ」の定義に欠かせないもの、というところまで入り込んでいると思うんです。「その人の存在」と「私の幸せ」が必要十分条件な感じ。

(とか色々ごちゃごちゃ言っていますが、多分当時はそんな深く考えず「なんか気になる」「好きかもしれない」「応援しよう」「これが推しってやつか」みたいな経緯を辿ってると思います笑)

推しとの「出会い」:その後

コロナ禍の少し前から自分の中で嵐懐古ブームになり、YouTubeを見に行ったところV6→Snow Man→ジャニーズJr.と動画を芋づる式に辿り、7 MEN 侍というグループを知り、本髙克樹さんにハマるというところまでが前回までのあらすじでした(ここまで一息)。

改めて詳細を振り返ります。

2019年11月〜12月:年末のどこかの音楽番組でTurning Upに惹かれたのが最初だったと思ったけど、改めて調べたら初披露のベスアだったかもしれない。とにかく「へぇ嵐活休前にこんな嵐らしくない曲出してるんだ」「はまってたの懐かしいな」「久々に聴いてみるか」「えっYouTubeやってんの」って調べ出したのが全ての元凶。音楽オタクのおじさまがデビュー時から嵐の曲全部レビューしてくれているサイトがめちゃくちゃ面白くて、ずっと読んでいた記憶。

2020年1月〜3月:嵐熱復活期。「なんでCD売っちゃったんだ〜〜」と後悔していたらまさかのサブスク解禁でアルバム聴き放題に。担降りしてからのアルバムは全部知らなかったのでひたすら聴き漁っていた。

2020年4月:本格的なおうち生活に突入。暇なのでYouTubeに入り浸る。日記を見ると4/29に「V6とSnow Manに詳しくなった」と書いてある。嵐のPV→おすすめ欄に出てきたV狼→Snow Man人狼というルートだと思う。多分。それまでスノストの区別さえついていなかった自分が、メンバーの顔と名前を覚え始める。

2020年5月:それでもまだ元嵐ファンが自粛ついでに思い出を回顧しているだけという意識で、どのグループにも肩入れはしてなかったと思う。ただ、YouTubeの履歴を確認したところ5月末にはゴリゴリにすのちゅーぶの動画を片っ端から未漁った痕跡があった。沼っとるで、君。

2020年6月:この頃にはすのちゅーぶはJr.時代も含め全て回し終えていた。早いわ。デビューまでの経緯とかも知り、「大変だったんだなぁ…」としんみりしていた。おすすめ欄に出てきたストの「JAPONICA STYLE」にもハマる。でもコロナ禍が明けたら元のスケオタに戻るつもりだった。

2020年7月:ついにこの月がやってくる。ジャニーズクイズ部のQさま降臨である。個々の存在は徐々に把握し始めていたものの、いざ6人集合するとあまりの頭脳と顔面の強さにひれ伏してしっかり沼に浸かることに。特に如恵留さんは島動画で見るよりテレビの方が圧倒的に美しかったのでここで印象がガラッと変わる。トラジャはよく知らないがとりあえずのえさんを応援しようと思ったし、関ジュも詳しくないが福本くんはチェックしておこうと思った。先述のように侍Tube楽器でしゃべくり回が決定打となり、本髙さんにハマり始める。

2020年8月:すのちゅーぶで飽き足らずJr.チャンネル内の様々なグループの動画をひたすら回す。気がついたらHi美侍のサマパラのチケットを購入。似たように見えていた3グループの個性が徐々に分かり始める。HiHiは自分たちを客観的に見るのが上手いから芸能界で逞しく生き残りそうだな〜とか、美の生まれ持ったアイドルオーラは唯一無二だな〜とか、侍たちのバンドはこれからも続けていってほしいなぁとか色々感想を抱くようになる。「幸福王子」上演の発表を聞いてついに入局手続きをする。初めて聴いた素のまんまがめめあべ回で、推しコンビが決まる。

2020年9月〜11月:スケオタとジャニオタを並行しながら卒論執筆をしていた。充実かよ。初めての現場は意外と治安が良くて安心した。金土日の夜は楽しみなHi美侍の動画更新があるので、自然と生活にメリハリがついていった。おすすめ欄に出てきた7ORDERの動画を見て「真田くんいるじゃん!」(とある経緯で小学生の頃ジャニオタとは全く別の文脈で「百識王」を見ていたのです)と再生し始め、7ORDERの経緯も知る。メンバーの絆に感動して「これは応援しなきゃ…」と思い至る。ついに事務所外にも手を出している。スケートのNHK杯とアイランドフェスが被ってた時にナチュラルに後者を優先した自分がいたことに気づく。

2020年12月:運動能力テストで、今まであまり見て来なかった忍者とトラジャのメンバーを少し覚える。今まであまりメンバー同士の堅い絆を目の当たりにしていなかった侍さんたちの円陣に心が熱くなり「各グループフラットに見ていたつもりだったけど、自分は相当に侍が好きなのかもしれない」と自覚し始める。一方でスノもまだハマっていて、紅白のくだりでは心を痛め、卒論が佳境に入った精神状態も相まってGrandeurのMVを見て何故か号泣していた。大晦日はThis is 嵐の配信鑑賞チケットを買った。かつての推したちの活動休止前最後のコンサートに、今の推したちがバックで共演する姿を見て、奇妙で、でもエモーショナルな、何とも言えない気持ちになっていた。

2021年1月〜3月:スケートとアイドル両方を追いかけることにしんどさを感じ始める。スケオタに戻るべきなのではないかという自分の中の強迫観念と葛藤した末、「また見たい時に戻ってこよう」と自分の素直な「好き」を優先させる踏ん切りがつく。

2021年4月:社会人としての新生活に心が摩耗する中、クリエ当選、侍のブログがスタートと嬉しいニュースが舞い込んで、「何がなんでも生きなきゃいけないな」と思う。まるで自分の精神状態を察した神様が延命措置を取ってくれたかのようだった。関ジュのYouTube参戦とMステDVDのおかげでなにわAぇリトカンも顔と全員名前が一致し始めてしまう。この時点で1年前だったら分からなかった人を60人以上覚えていることに…

2021年5月:ついにクリエへ。初めて生で見る6人は動画で見るまんまで、でもすごくキラキラしていてずっと忘れられない光景となった。GWは気がついたら虎ちゅーぶを見漁って溶けていた。りねぽんが苺朝食のPVを鑑賞している動画を見て「めっちゃオシャレやん…」と感動しすとちゅーぶも本格的に追い始める。ちなみにスケートは全く追わなくなっていった。

2021年6月〜7月:サマステ当選でまた延命。全然見なくなってしまったのに「いつかまた戻ってこよう」と取っておくのは自分のメンタル的にしんどくなってきたので、スケート用のTwitter/Instagramアカウント・ブログを削除。入社前にゴリゴリのスケオタキャラで売ってしまったので未だにスケートの話は振られるし、社内のオンラインイベントで「スケートについて思いの丈を語ってほしい」と依頼され何とか取り繕うが、もう気持ちはアイドルのことしか考えられないので、カミングアウトすべきか否か悶々と悩む。そして現在へ…

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かくして、一年半前までスケート沼に深く浸かっていた私はアイドルファンになったのでした。何が怖いって、ここまでの流れがあまりにもぬるっとしていること。自分でもまさかここまでハマるとは思わないわけですよ。

沼落ち記事や別記事でも書いてますが、7年間くらいずっと熱心にスケオタやってきて、自分は一生スケート見てるんじゃないかなと思ったくらいだったのに。アイドルにハマる人の気持ちが全然理解できなかったのに。正直アイドルを好きでいることにあまり良い印象は無かったのに。(多分今も事務所のこととかそもそも芸能界全体にはポジティブなイメージを持てていない)

でも気がついたら私の幸せには推しが不可欠だったんです。あれほどスケートが好きだったのに、自分でも気づかないうちに丸ごとアイドルにすり替わっていたんです。

日々のちょっとした隙間時間に見る情報、ふとした時に頭に流れる音楽、「今日帰ったらあれがあるから頑張ろう」って思う対象、水槽の中に垂れていく絵の具のように、何気ない日常がちょっとずつ新しいもので染まっていく、そんな感覚でした。

人生何があるか分からないものですね。

でも今、「推し」に出会えて毎日が喜びと驚きで満ち溢れた最高の世界なのは確かです。

私が推し(たち)を推す理由

私がなぜ推したちを推すのか。ここからは特に熱量の高い7 MEN 侍について考えてみます。「なんでかって、好きなものは好きなんだよ」とも言えるのでしょうが、あえてここは言語化を試みます。分析するに、「自分との属性の近さ」と「唯一無二の自由な雰囲気」が挙げられると思いました。

まず一つ目について。それ以上もそれ以下もないことですが、このグループには菅田琳寧、本髙克樹といった自分と同じ学年のメンバーがいるほか、最年長で1個上、最年少で4個下と比較的自分と近い年代のメンバーで構成されています。

まずジェネレーションギャップが起こらない。小学生の頃、嵐を好きだった時は自分より一回り以上年上のお兄さんたちだったので、子供の頃の話をされても実感としてよく分からないことが多かったですし、やっぱりどこか遠くの世界の人という意識がありました。

しかし、彼らについては「ああ皆も幼稚園の頃『さくらんぼ』を聴いて、小学生の頃ムシキングが流行って、学校の女の子たちは「ちゃお」とか読んでて、嵐とAKBが人気で、学校で震災があって、中学生の頃にネットに触れ始めて、高校生の頃からみんながスマホになってSNS始め出したりして、気がついたら元号が変わって、今日に至るのかなぁ」なんて思いを馳せてしまうのです。

矢花さんなんてニコ動周辺も含め通ってきたネット文化が多分ほぼ同じなんですね。あまり大きな声では言えない話ですけど、噂によれば地元が近いメンバーもいたりとか。繋がろうなんて気は一切無いですけど、知り合いを何人か挟めばたどり着いてしまうメンバーもいます。友達の友達がバンド組んで学祭で演奏してるくらいの親近感。それでも現場に行けば手の届かない世界に住むアイドルだということは痛いほど感じさせられるのです。彼らの存在は遠いようで近いし、近いようでやっぱり遠い、という不思議な感覚を抱いています。とにかく興味を持たずにはいられませんでした。

そして、同学年は特に貴重な存在。現実的な志向を持つ人が多いのかよく分からないのですが、ジャニーズもスケーターも露出の多い人で98-99ラインに属する人は少ないように思います。それゆえ、狭き門をくぐり抜け、(恐らく)周りの仲間が減っていく中でも自分の道を貫き続けた方々を応援せずにはいられないのです。

良くも悪くも色々分かり始めた歳。自分の周りを見れば本当に多様な進路を歩んでいます。高校を出てすぐ働いている人、留学で学年が下がって今就活中の人、大学院に進んだ人、この春社会人になった人…それぞれがそれぞれの道で酸いも甘いも噛み締めて1人の人間として全力で生きている。彼らの周りにもきっと色んな人がいて、それでも彼らは夢に向かって、アイドルという決して楽ではない仕事を選択し、続けている。ならそれを応援していきたい。憧れ、尊敬する存在として。そして一緒の世代を担う仲間として。共にこの時代を生きていたい。

歳の近い彼らは、特別勇気をくれる存在なのです。

二つ目について。つい最近、小学生時代の思い出の品や書類を整理していて、一緒に遊んでいた男の子の名前を思い出したりしました。昔から私が好んでいた子は大体次の2パターンのどちらかでした。

1つ目は、いかにもお坊ちゃんな穏やかな子、2つ目は、とにかく自由で型にハマらない子。そして、恐ろしいことにはこれは今現在も多分好きな異性のタイプとして残り続けているのです。以前書いた記事で、推しが大体PDグレースである話はしたのですが、その一方で破天荒、カオスといった一見相反する系統にも強く惹かれるものがあるのだと気づきました。

分析するに、それは多分自分自身の中にある要素なのだと思います。「いつも穏やかでありたい」と思いながら「もっとドラマチックに生きていたい」という欲求を持ってしまう。だから型を突き破る人に強く惹かれてしまうのでしょう。

さて本題に戻りますが、このグループ、自ら異端児(異担侍)を名乗っています。それは、YouTube、島動画、ブログ、パフォーマンスを見れば納得です。制約の厳しい事務所にいるというのに、「この人たちなら大目に見るか」的なポジションを獲得しているように思います。これは彼らのオンリーワンの強みではないでしょうか。

個性的なポジションは王道があってこそ成り立つ。だから彼らのようなグループが何組もいたら胸焼けしてしまうでしょうが、幸い今のところそのようなことは無いようです。

彼らの持ち味の一つであるバンドは、初見の時から関ジャニ∞TOKIOではなくどちらかというと男闘呼組を彷彿とさせる渋さがあるように思っていました。そういう意味では異端というより新古典主義のようなものを感じさせる節もあります。

いずれにしろ、彼らがこれからどのようなグループに成長していくのかは見逃せません。

こうしてみて改めて思うのは、好きを言語化するって難しいってことですね。でも「推しを推す理由」って、その人個人の趣味、価値観、はたまた人生観が出るものなのかなって思うんです。だから、好きを分析する作業って、自己分析にも繋がると思っていて、これからも時々考えていきたいなって思いました。

最後に


自粛期間、時間を持て余す中でYouTubeチャンネルに出会いました。社会人生活が始まって、慣れない生活に心身がこたえてきた頃、侍ふ。が始まりました。五月病で毎日しんどい時、ジャニ銀やサムステの当選が延命措置となりました。

最初はどうしてアイドルにハマったんだろうと思っていたのですが、今思えば、偶然のようで、運命のようで、きっと必然的なものだったのでしょう。

「推しは人生の光」なんて言葉もありますが、今推したちがいなければ自分は頑張れていなかったと思います。

私が最近よく聴いている緑黄色社会というバンドの「ずっとずっとずっと」という曲の中にこんな歌詞があります。

「明日に希望はないや それでもそれなりに愛しているよ世界」

まさにこんな心境で毎日生きています。出来ないことばかり、上手くいかないことばかり…不安だらけで、明日は良い日になるだなんて今はまだあまり思えません。

それでも生きていこうと思えるのは、明日また推しが住むこの世界にこの身を置けるからです。推しがいるだけで、それなりに世界を愛せるし、私は前に進める。アイドルって現代社会に欠かせないインフラだとさえ思います。

あと、これはフィールドを変えたからか、社会人になって意識が変わったからなのか分からないのですが、以前より趣味との向き合い方が健全になりました。

私は彼らが好きといいつつ、全て追いかけているわけではありません。基本的に平日は情報局のメールを見るだけで、YouTubeやブログ、島動画を追うのは週末のみ。少クラも見たり見なかったり。雑誌はたまに立ち読みする程度。現場も命かけて行くほどではありません。でも好きな時に好きなものを好きなだけ追える今の楽しみ方がとても健全に感じます。

スケートにハマっていた頃は全ての情報を追っていたくて、そんな生活に疲れてしまった経緯は以前書きましたが、今はもうそんなことで悩まなくなりました。

スケートが情報鮮度の重視されるスポーツというカテゴリに属する一方、アイドルはエンタメで、当然ファン人口も多いことからラグの個人差も激しく、そもそも人と情報量やスピードを比べる気が起きないというのもあるのでしょう。

アイドルというのは「偶像」という意味があって、やや冷たく言ってしまえば所詮作られたイメージをこちらに提示しているに過ぎません。ならばこちらも見せられているごく一部のイメージの中から自分が享受したい要素を浴びれば良いのではないでしょうか。決してその人自身になんかなれないのだから、全てを知る必要はないし、そもそも知りえない。そう思うのです。

そういう意味で、自分にとってアイドルとの出会いは、「自分の人生を自分の好きなように楽しむこと」を再確認させてくれたきっかけでもあったのかもしれません。

最初は「出会い」の続きを書こうと思っただけなのに、書き出したうちにあれもこれもと出てきて、気がついたら投稿までに1ヶ月もかかってしまって、話も盛り込みすぎて全然まとまらなくなってしまいました。あまりにも長くなってしまったので、一旦ここで区切ろうと思います。

次読み返す頃にこの気持ちが冷めていたら、あまりの重さに引かれてしまうかもしれませんが、これだけ心が救われたもの・熱量を注げるものが当時の私にはあったんだよ、ということの証にはなると信じて。

では最後に、「出会い」に続いて今の侍さんたちの印象を。

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こんぴー:この歳になると、子供の頃の夢を追いかけ続けることの難しさを痛いほど実感します。そんな中、3歳からの憧れを捨てず貫く彼の心の強さを感じます。これからもどデカい「キマシタァ!!」をお願いします。好き!

矢花さん:楽器はピアノ以外詳しくなかった自分に、広い世界を見せてくれたのはあなたです。思想強めブログは水曜の楽しみの一つ。また短髪も見たいけど、拗らせそうなのでやっぱり今のままでいてほしい(どっちだよ)。好き!

本髙くん:知れば知るほど変な人だった。去年までは心の中で「かっこいい!」と言いまくっていたはずなのに今では「可愛い!」「あざとい!」「許せない!」を叫びまくっています。でもやっぱりかっこいいよ。好きなことを発信し続けると仕事に繋がるってこと、自分も見習います。好き!

大光くん:こちらは逆に、変な子だと思っていたのに、なんだかんだ一番真面目なことを知ってしまった。照れ隠しのように暴れ回るけど、繊細な心を持っていることは節々に現れていて、それがまた可愛い。好き!

琳寧くん:期待を裏切らないアイドル。初めて行った現場で、全方位に光を振り撒いてくれた姿を見てもっともっと魅力が知られてほしいと強く思った。ちなみにあれから母に侍を布教したら母は琳寧推しになりました。やったね。好き!

嶺亜さん:毒舌だとか言われがちだけど、私は嶺亜さんの素直でポジティブで真っ直ぐな生き方に憧れているし、「仕事を楽しむこと」の大切さを学んでいます。初めて現場行って肌の綺麗さに衝撃を受けて以来、美容のモチベにも繋がっています。ありがとう。好き!

みんな、好き〜〜〜!!